作:モンゴメリ 訳:村岡花子 新潮文庫(新潮社)
うららか街はその名にふさわしくない・・・トロント中でいちばんゆうつな通り・・・ジェーン・ビクトリア・・・おばあさまはビクトリアって呼ぶけど私は絶対ジェーンだわ!・・・おかあさまだって二人っきりのときはジェーンと呼んでくださるもの。
11歳のジェーンはそう思う。
レンガ造りの城がまえの大きなおうち、ジェーンの母を溺愛するあまりジェーンにとっては厳格でいかめしい祖母、ひっそりとした伯母、ジェーンを愛してくれる美しく優しい・・・でも外出がちの母。
厳格な祖母に一挙手一投足に至るまであれこれ言われすっかりスポイルされてしまったジェーンは、自分に自信を持つことができず、通っているセント・アガサ校でも身の置き所のない思いで暮らしていた。
ある時ジェーンはいとこの家で手に取った新聞の一面の論説に添えられたにケネス・ハワードの写真になぜか惹かれる。でもその写真は祖母に見つかり逆鱗に触れて暖炉に放り込まれてしまう。
そんなある日、ひと夏を一緒にすごすようにと父からの手紙が届く。
父・・・ずっと死んだと聞かされ去年同級生の意地悪い噂話で実は生きているのだと知らされた人。
そんな人とひと夏を過ごすだなんて・・・暗澹たる思いでプリンスエドワード島へ向かったジェーンの前に現れた父は・・・
父さんと二人っきりで暮らす島の、ランタン丘での生活はすばらしい!
慣れない家事だってどうにかこなしていく。
さりげなく知恵を貸してくれる個性あふれる人たち、物見高く集まってきた楽しい仲間たち、猫なで声のアイリーン伯母さんにはちょっとむかつくときもあるけれど、充実した日々。
父さんと一緒なら、苦手だったはずの勉強がこんなに楽しいなんて!
夏休みが終わってトロントに帰っても以前とは違う自分にジェーンは気づく。
学校生活も徐々に楽しくなり、もはや長い手足をもてあましているだけのおどおどした娘ではなくなったジェーン。
おばあさまは簡単に思うままにはならなくなった“ビクトリア”を苦々しく思いながらも、ジェーンを懐柔しようとあの手この手。
でも、おばあさまの以前だったら有効だったであろう痛烈な皮肉にも、二度と島にはやるまいとの魅力的な提案にもジェーンは動じない。
だが次の年、島での夏を終えトロントに帰ろうとするジェーンに、アイリーン伯母さんは思わせぶりにある事をつぶやく。
それはジェーンの心に不安を植え付け、それは冬に届いた伯母さんの手紙によって耐え難いまでの絶望に変わる。
確かめるべくジェーンは家をぬけ出し、島へと急ぐのだが・・・
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何年ぶりかで、こちらを更新(汗)
角川文庫の八月の新刊で、この『丘の家のジェーン』がだされることを知ってその前に。
モンゴメリを読みふけったのは中一のころだったろうか?
『赤毛のアン』のシリーズも大好きだったけど、この『丘の家のジェーン』もとても好きな一冊だった。
セレブの母に、国際派ジャーナリストの父、母を溺愛するあまり母の心を占めるものを排除しようとする祖母、今読んでもちっとも古くない気がする。現代を舞台に翻案してドラマにだってできちゃいそうな気がする。
モンゴメリーにはめずらしくアーバンな雰囲気もあって、それでいてお約束の村の人間関係のエピーソードもたくさん出てきて、二度おいしい。
大人になってから読み返してみると、少女時代には読み飛ばしてしまっていた母と祖母との人間関係、葛藤が恐ろしいほどに深い。
アイリーン伯母さんという人物像も、ある意味おばあさまより始末の悪い恐ろしさがある。こういう人いちばん嫌い!
村の人間関係、うわさ話に満ちている『赤毛のアン』もいいけど、モンゴメリってこういうものもかける人だったんだなって・・・。
私の持っている新潮文庫は村岡花子さんの訳なのだが、角川文庫は木村由利子さんという方の訳らしい。
現代の訳で、どんな風に空気が変わるかちょっと楽しみ。こどもの頃ずっと不思議に思っていた、こけらいたのスノービームはなんて訳されてるだろう。
『果樹園のセレナーデ』っていうラブストーリーも好きだったんですが、こちらも新しい訳が出ないかしら?